『母ではなくて、親になる』山崎ナオコーラ

たまには本の紹介でも。(新刊コーナーから)
山崎ナオコーラさんの出産・子育てエッセイ『母ではなくて、親になる』です。

出産・子育てにまつわる本なので、当然ナオコーラさんたちのお子さんが度々登場するわけですが、この本のなかでナオコーラさんはお子さんの性別が読者には分からないように文章を書いています。
それは、お子さん自身の性自認がナオコーラさんには分からないからというのが理由です。
ここにお子さんの性別を書いてしまえば、お子さんがいつかこの本を読んだ時に困ってしまう状況もあるかもしれないと想像したからとも書いています。
この点だけでも、他者や社会に対して真剣に向き合おうとするナオコーラさんの姿勢が垣間見えるのではないかと思います。

この本、私はまるごと好きなんですけど、なかでも「社会を信じる」という文章が特に好きです。
ナオコーラさんが不妊治療を受けたお話なんですけど、不妊治療について書くことによって、お子さんに不自由が生じないだろうかと、ナオコーラさんは書くかどうか悩んだそうです。不妊治療はナオコーラさんのプライバシーであるだけでなく、お子さんのプライバシーでもあると。お子さんの性別は書かなかったのに、不妊治療のことを書くのはどうなのだろうかともやもやする。しかし、そのもやもやの理由は、ナオコーラさん自身に不妊治療に対して偏見を持っているためではないかと結論づけます。「まだ社会が不妊治療を受け入れていないから。良い社会ではないから。排他的な社会だから」といった偏見。
でも、少なくともナオコーラさんの周りに不妊治療についてとやかく言うような人はいない。
だから、「もっと社会を信じてみようかなと、思った」と書いています。
不妊治療によって子どもはどんどん増えているのだから、ナオコーラさんが不妊治療について書くことで、それを読んで安心する人もいるのではないか。そして、不妊治療をよく知らない人でも理解したいという気持ちを持っている人はいるのではないか。だから、書くと。

違和感を持った言葉や社会や出来事についてじっくりと丹念に考えを進めたり、そのプロセスの中から自分の行動を選び取ったり、その結果、自分の見知らぬ他者に向けて書くことを決めるナオコーラさんの姿勢に、私は強く惹かれました。

自分たちの社会が何に重きを置いていたのかが、有事の際はより高い解像度をもって分かるんだなと感じる今日この頃ですけれども、本当に普段の日常生活でも自分たちの社会について考えなければなと襟を正しています。

すみません、長くなっちゃいましたが、
『母ではなくて、親になる』はとても良い本です。
ぜひお手に取ってみてください。

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